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近畿でも有数の大きな県だった!
堺県の県庁だった「本願寺堺別院」

NATTS 4月号 特集 教科書には載らなかった 堺の歴史ロマンめぐり


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本願寺堺別院は、文明8年(1476)に蓮如が堺の樫木屋町に建立した信證院に始まります。
蓮如は、遣明貿易などで繁栄し始めた堺で、新しい時代の担い手である商人や手工業者に布教するため、信證院などにいくどとなく滞在しています。
その後、享保13年(1728)に、現在地に本堂を落慶しましたが、寛政10年(1798)の火災で表門と鐘楼を残して焼失しました。鐘楼の梵鐘は、もとは大坂夏の陣後の堺復興をすすめた堺奉行 長谷川藤広が念仏寺に寄進したもので、元和3年(1617)の銘があり、年代が明らかな市内最古の貴重な梵鐘です。(市指定有形文化財)
文政8年(1825)に再建された現在の本堂は、現存する堺最大の木造建築物です。
(本願寺堺別院の説明看板より)

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本願寺堺別院の門の右にある石碑


本願寺堺別院の門の左には、「明治天皇聖趾」と書かれた石碑があります。

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これは、明治天皇がこの場所に立ち寄られたことを示しているのですが、その石碑には、このような内容も書かれています。

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「堺縣廰址」と書かれており、この場所に堺県庁があったことを示しています。

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堺県庁跡は、明治4年の廃藩置県後、明治14年まで10年間、当寺は堺県庁の庁舎となっていました。
図のとおり、堺県は、和泉、河内、大和をあわせた大きな県(現在の大阪府東・南部から奈良県にまたがる地域)でした。
(本願寺堺別院の説明看板より)

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本堂は、平成8~11年に修復を行いました。
本堂の正面右側には親鸞聖人、左側には蓮如上人の石像が建っています。

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親鸞聖人

浄土真宗の開祖で、京都の日野に生まれる。浄土宗の開祖法然上人に師事し、浄土三部経に依り本願他力の教えを説く。90歳で往生し、遺骨は京都の大谷本廟に納められている。主著に「顕浄土真実教行証文類」「浄土和讃」「高僧和讃」「正像末和讃」など。
(本願寺堺別院の説明看板より)

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蓮如上人

本願寺中興の祖と呼ばれ、現在の浄土真宗の礎を築いた。信證院落慶法要の導師を勤めたことから、当寺は蓮如上人ゆかりのお寺「御坊さん」と親しまれ、堂内には「信證殿」の額が掲げられている。
(本願寺堺別院の説明看板より)

また、本堂内部のきらびやかな襖絵には、中世の自由都市・堺を彷彿とさせる南蛮貿易の様子が描かれています。

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本願寺堺別院の門の左側へ歩いていくと、お城の門のような場所が見えてきます。

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これは、大阪狭山城の城門が移築されたもので、中から見ると、お城の門だったことがより分かります。

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堺市で現存する最大の木造建築物を体感しながら、堺県庁があった本願寺堺別院に参詣してみませんか?


本願寺堺別院

住所 堺市堺区神明町東3丁1-10
TEL 072-232-4417
時間 拝観自由
料金 拝観無料
アクセス 阪堺線 妙国寺前電停下車徒歩約5分






次回は4月13日(金)に更新します!
お楽しみに!

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